蜜月



風影執務室にて。
我愛羅は部屋の奥で仕事中、リーは少し離れたソファで漫画を読んでいる。

「……おい」
「なんですか?」
「何故そんな所に居る」
「?我愛羅くんが執務室に来るようボクを呼んだじゃないですか。…あ。やっぱり出て行った方が良いですか?」
「そんな事は言っていない。側に来いと言っている」

そういう意味か、と納得してリーは嬉しそうに微笑んだ。
「はい」と返事をして我愛羅の元へ行く。
すると、彼がいつも座っている一人掛けの椅子ではなく二人が優に掛けられる長椅子を使っている事に気が付いた。
どうやら自分を呼び寄せた時から隣りに座らせるつもりだったらしい。
それなら最初からそう言ってくれればいいのに…とリーは思ったが、それは敢えて言わず別の懸念を口にする。

「いいんですか?机の上の書類を他里のボクに見られてはマズイのではありませんか?」

入室した時から我愛羅は書類に目を通しては判を押したり何か書き連ねたり、時には印を結んだりしていた。
文字を暗号化しているのか特殊な封印術でも掛けているのか、リーには見当も付かなかったし詮索するつもりもない。
けれど、里長直々に休日を返上してまで片付けている書類だ。
それなりに機密度は高いと踏み気を使って言ったのに、我愛羅は仕事の手を止めないまま返す。

「見たところで解るまい。この里で古くから使われている文字だ。それにお前は見ない。違うか?」
「……違いませんけど…」
「ならば問題ない」
「…………」
「本来なら二人で過ごす貴重な休みだった。お前を側に置くぐらい許されなければやっていられない」
「…………」

年下の恋人の子供のようなわがままに返す言葉が見つからずポカンとしてしまう。
二人で居る時間を少しでも無駄にしまいと彼なりに考えての結果のようだ。
ぶっきらぼうに「もっとくっついていろ」と続けた我愛羅を可愛いなあ…と、本人に知られたら怒り出しそうな事を思いながらリーは再び「はい!」と答えた。

* * * * * *

腕が触れ合う距離に並んで座り、互いの温もりを微かに感じ合いながら別々の事をして過ごす。
まるで夫婦のようだと我愛羅は思い至り、同時に緩みそうになった口許をすぐに引き締めた。

「…ふふっ!」
「!!」

物凄いタイミングの良さでリーが笑い声を上げたから、つい手を止めて隣を見た。
自分のしまりのないにやけ顔……すんでのところで引っ込めた筈だが……を見られたと思ったのに、リーの視線はこちらではなく手元の漫画に落ちている。

「………」

(何だ、漫画を見て笑ったのか……)
内心ホッとしながらその横顔を見やる。
至近距離で見る恋人はやはり愛らしく、つい手を伸ばして触れたくなるほど魅力的で、この上なく胸を騒がせる存在だ。

「ごめんなさい!面白くて、つい……笑うの、我慢出来ませんでした」
「我慢しなくていい。普通にしていろ」
「いえ!お仕事の邪魔になってしまいますから…」

どうやら見咎められたと勘違いをしているらしいリーはそう言って本を閉じようとするが、すかさず開いたページに我愛羅は手を挟む。

「構わん。お前が笑うのは好ましい」

思った事をそのまま口にしたら、リーは大きな瞳を瞬かせた後ぎこちなく視線を逸らした。
照れた時によくやる仕草だと知っている。
残念ながら何を照れているのかまでは理解出来なかったが……。

「……分かりました」

そういつもより小さな声で答え、我愛羅が手を挟んでいたページからまた続きを読み始める。
(俺の側で無防備で居るお前を感じていたい……)
我愛羅の胸中を察してでもいるかのようにリーは幸せそうに表情を和らげた。

* * * * * *

一通り漫画を読み終えたリーはそっと隣りを見た。

「……退屈させてすまない」

視線に気付き声を掛けるが、我愛羅は書類に目を落としたままテキパキと手を動かしている。

「そんなことはありません!……あの、書面を見たりしませんから、キミを見ていても良いですか?」
「……ああ。構わない」

許しを得て心置きなく我愛羅を見ていられると喜んだリーは気付かなかった。
我愛羅の声が微かに掠れた事を……。
(こうして彼の姿を見るのは久し振りです。すっかり里長の顔が板について…)
(……あれ?あんなに手、ゴツゴツしていましたっけ?もっと細長い綺麗な指をしていたと記憶していたのですが…)
(髪…少し伸びてます。切りに行く暇が無いのでしょうか?)
(あ。体温が伝わってくる。温かい。久し振りだな、この温かさ……)
(大好きな我愛羅くんの匂い……。乾いた大地と太陽の匂い……)
間近に恋人を感じ、リーは目を閉じて肩を寄せ、そっと我愛羅に凭れ掛かった。

「…あまり煽るな。自制出来なくなる……」
「ごめんなさい」

(でも、もう少しこのままでも良いですよね?)
リーは身を寄せたままそれきり黙り込んだ。
言葉でたしなめはしたけれどそれだけで、我愛羅も密着を解こうとはしなかった。
手を止める事無く、もう先程のように視線をこちらに寄越す事も無く、ひたすら仕事に没頭している。
勿論冷たい訳では無く、今は風影の顔の彼をリーは誇らしい気持ちで想う。
(お仕事が終わったら我愛羅くんの頭を撫でてあげよう。それから……)
取りとめも無い事を考えながら緩やかに時間は過ぎていく。

* * * * * *

日が西へ傾きかけた頃、やっと仕事を終えた我愛羅はこの日初めて自分からリーの身体に触れた。
仕事を片付けるまではとずっと我慢をしていたのだ。
肩を抱き寄せ、髪に、耳朶に、頬に、唇を押し当てる。
それは深い親愛の情を表す幸福で優しいキスだった。

「待たせたな」
「お疲れ様です」

肩に掛かる腕に身を預け、うっとりと目を閉じた所で先程の思い付きが頭を過ぎった。
たくさん頑張った時には必ずガイがしてくれるあの優しい手の温もりと癒しを我愛羅にも教えたい。
リーはワクワクとした気持ちで我愛羅の赤い髪へと手を伸ばし、そっと頭を撫でてみる。
少し硬い髪。
指と手の平に感じるその感触に何故か少しだけ胸が切なくなった。
大切な人だと、痛いくらい感じたからかもしれない。
後頭部をゆっくり撫でる。
何度も、何度も。愛しい気持ちを込めて繰り返す。

「……子供扱いをするな」

我愛羅はそう言うくせに大人しくされるままになっている。
嫌がっている訳では無いらしい。声に棘など無く、むしろ面白がっているようだ。
リーは続ける。

「子供扱いではないですよ。愛情表現です」
「………そうか」

低い声に甘さが混じる。
リーの大好きな声。
二人きりの時はよくこの声を耳にする。

「疲れたでしょう、少し眠りますか?それとも何か食べますか?お腹、空いていませんか?…あ!その前にお茶でも淹れましょうか!」
「必要ない。お前が居ればいい」
「…………」

我愛羅は自分がどんなに甘い言葉を口にしているのか気付いていないのだろうか。
多弁なリーから言葉を奪うぐらいにはその破壊力は凄まじいというのに、涼しい顔……というかいつもと変わらぬ無表情でこちらを見ている。
思わず絶句してしまったリーは悔し紛れに我愛羅の背へ爪を立てた。

「キミは時々、すごい事を言います」
「そうか」

自分の言った事になど全く関心が無いというようなその返しにふと、我愛羅を自分の言葉で驚かせてみたい、という妙な対抗心が芽生え、リーは改まった口調でお伺いを立てる。

「……あの、一つわがままを言っても良いですか?」
「聞いてやる」

彼の言う『聞く』が単なる『耳で聞く』ではなく『叶える』方なのだとリーにはすぐに分かった。
分かっているから出来るだけ上手く伝えたいと思い、我愛羅の耳元へ唇を寄せ思い切り情熱的に囁きかけてみる。

「側に居るだけじゃ足りません。……抱いて下さい」

我愛羅の双眸が近しい者にしか分からない程度にだが驚きに見開かれた。
リーの肩を抱く指に力が篭り、誘うように潤んだ黒い瞳を覗き込む目にも情欲が滲んでいる。
言った自分も相当恥ずかしかったが、思った以上に効いているようだ。

「……お前の方が余程すごい事を言ってくれるな?」
「ふふっ、お返しですよ」
「お前が悪い。今日は……手加減出来そうにない」
「望むところです」

(今日は…って、いつもは手加減していたんですか?……あれで??)
恋人の不穏な言葉に煽られる。
あれが全力でないのなら………今までどれほど我愛羅は我慢していたのだろうか?
そして今夜、自分はどうなってしまうのだろう……?
微かな不安と大きな幸福感を胸に、リーはしっかりと我愛羅の背に手を沿わせた。



おしまい







ラブラブってこういう事ですか?わかりませんっ!
手加減ナシの我愛羅×リーのえっちなお話が読みたいです^^^^^^^
どうでもいい設定ですが、リーが読んでいる漫画はカンクロウに借りた『砂男 〜サンド・マン〜』です(本当どうでもいい)
五代目風影様をモチーフ(ていうか丸パク)にしたアクション漫画で現在砂隠れの里で大人気!近々アニメ化との噂も…
絵柄はアメコミ調なのにヒロインが市松人形のようなルックスの不思議テイストも盛り込んであります^^
「我愛羅の恋人がリーって漏れてんのかッ?!漏れてんのかァアアアーーーッ??!!」とカン兄は密かにドキドキしてるんだな^^^^


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